ニート美容師が150日でスタイリストデビューするまでの道のり

『フリーター美容師』が、借金返して『フリーランス美容師』でなるまでの道のり。

勢い任せにフリーランスで独立するも『フリーター美容師』と呼ばれ、1年でリボ払い借金120万円!?そんなどうしようもない男、松下の『フリーランス美容師』として自立するまでのお話。

ちびりそうなくらい刺激的でジェットコースター感のすごい社会人1年目を振り返ってみる。

【ちびりそうなくらい刺激的でジェットコースター感のすごい社会人1年目を振り返ってみる。 】

ご無沙汰してます!松下です!


今回は僕の所属するサロカリで『美容師1年目のことを振り返ってみようぜ!』みたいな企画が上がってたので、僕も流れにノって久しく筆をとってみようと思います。


遅れてやってきたパンクブーム

今からちょうど2年くらい前なので、そんな前のことでもなくすぐ思い出せてなんとも味気ない感じなんですが、とてもワクワクして入社したのを覚えています。


僕が入社した美容室は、関西ではけっこう名の知れた大手老舗だったのもあり、同期の人数もそれなりにいたのを覚えています。


そんな中で、美容師して第一歩を踏み出し、期待感に胸を膨らませた僕は

「こん中でテッペンとったる!」

と、なんとも単純で分かりやすい目標を高らか掲げたのを覚えています。



そして、
「普通じゃ埋もれてしまうやろ!人と同じじゃあかん!」

という思いから、全く似合わないのにも関わらず髪を真っ白に染め上げ、ボロボロの革ジャン(フェイクレザー)と自己顕示欲に身を包み、日々働いていました。


その出で立ちは、さながら売れないバンドマン。

いや、時代と何か大切なものを大きく間違えてしまったパンクロッカーの様でした。


(当時の僕の口癖が"イケてる"。この言葉を発していた当の本人が、この世で1番"イケて"なかったのは言うまでもありません。)


髪の色は真っ白ですが、人生において真っ黒な最大の黒歴史と呼べるでしょう。


人生の汚点がこんなに分かりやすいのもなかなかレアではないでしょうか?




当時の配属先の店舗は、近くにかの有名なリッツカールトンホテルがあり、大阪でもわりとお上品な立地にありました。


無論、カケラもお上品さを持ち合わせおらず、この立地に不相応極まりなかった僕は、店長から一言『ダサい』と一蹴されました。


程なくして、黒染めを余儀なくされたのは言うまでもありません。



そして、店長命令でしょうがなく髪をおちつかせ、遅れてやってきた僕のパンクブームは、その短い人生に幕を閉じました。



当時は黒染めがめちゃくちゃ嫌だったものの、黒歴史にピリオドを打ち、人生のダメージを最小限に抑えてくれた当時の店長には、現在ではめちゃくちゃ感謝しています。



それはもう、もしおまた会いできたら尾崎豊の『15の夜』の後に『I love you』を超絶音痴な僕の生歌で2曲続けてプレゼントしたいです。

「あぁ〜いぃ"らぁぁぶゔぅゆぅぅぅぅ〜」



目ん玉飛び出るくらいアツかった夏。


短いパンクブームに終止符を打たれ、美容師として奮闘する日々も3ヶ月ほど過ぎ、季節は本格的に夏に入ってきた頃でした。


社会人になり、それまでまともに触れたことのなかったFacebookで色々な美容師さんの情報をみることが僕の日課となっていました。


そんな時に専門学生時代の友人を介して知った"Jun Kuwabara"という人が、どうやらこれまでにない全く新しい美容師のコミュニティを作るとの投稿が僕のTLに流れてきました。




そのコンセプトはというと、『このコミュニティのつながりをきっかけに、全く知らない美容室を借りて、"ヤドカリ"の様に旅する様に働こう。』といったもの。


そんなコミュニティの名前は『サロカリ』。

"サロン(美容室)を借りる"ことから、"ヤドカリ"とかけて、『サロカリ』と名づけたとのこと。


そして僕は、程なくしてその『サロカリ』なるコミュニティに参加しました。




ひとまず参加はしたものの、正直これをみた当時のカラーもまともに塗れなかった僕としては、ハッキリ言って何のことやら全くわかってませんでした。笑



それより、幼き頃より海外への漠然とした憧れを抱いていた僕は、ニュースでも目にしたことのあり自分の目指す様な働き方をしている

「Jun Kuwabaraという有名人に会いたい!てか、これ入ったら会えんじゃね?」

というなんとも野次馬精神まるだしの、不純な動機の末に参加しました。



そんな不純な動機ながらも、Facebookの参加ボタンをポチり、晴れてサロカリメンバーの一員となった訳だったのです。




そして参加ポチった後は、Facebookと睨み合う毎日でした。

来る日も来る日も携帯にかじりつき、流れてくるトピックを一言一句もらさず読みました。


とにかく必死でそれらと睨み合いました。



なぜそんなに必死だったのかというと、実は当時働いていた会社は、なかば社員のSNS使用は禁止され、そのうえ他のお店との交流もない、さながら鎖国状態だったのです。


そんな環境だったので、まだ見ぬ美容師さんやトピックに流れてくる全く新しい情報は、当時の僕にとって刺激的で魅力にあふれたものでした。

それこそ、僕を夢中にさせるには十分なほどに。


今思えば、大分飢えてたんだと思います。笑


(外の世界マジ、オモロー。)




それから程なくして、サロカリ関西メンバーの初顔合わせがありました。


当日は普段通り仕事だったため、仕事終わりの遅れての参加になりました。

その日は一日中、まだ見ぬ美容師さんやJunさんに会えるという期待感に胸を躍らせていました。


仕事が終わり、都会の熱気というか独特の蒸し暑さのなか、はやる気持ちから汗びっしょりになりながら走って会場まで向かったことを、今でも鮮明に覚えています。


会場に到着すると、そこには憧れのJunさんのほか、大先輩にあたる8人の美容師さんたちがそこにいました。





この日の参加者の中で、つい数日前に21歳になったばかりでまだお尻の青いペーペーの僕は、ぶっちぎりで最年少でした。

そのこともあったのか、皆さん息子や年の離れた弟の様に、とてもよくしてくださいました。


アガってたので細かなことは正直あまり覚えていないのですが、ただ皆さんに可愛がってもらい、幸せだったことはとてもよく覚えています。



そして次の日は休みをとっていたので、Junさんに髪を切ってもらってから、急遽その日のセミナーに飛び入り参加させてもらい、文字通り夢のような2日間を過ごしました。



この2日間は僕の人生でも、ぶっちぎりで1番アツく、ぶっちぎりでアツい出会いをたくさんした数日となりました。


今振り返ればこの夏が、その後の僕の人生にとっての分岐点だといっても過言ではなかったでしょう。


この夏は僕にとってはそれほどに大きな出来ごとであり、危うく目ん玉飛び出るかと思うくらいアツい夏だったのです。


ネバーランドへようこそ。


そんな夢のような2日間ののち、普段通りの仕事の毎日に戻って行きました。


その後の数日間は、分かりやすく後を引いており夢心地で、まるで竜宮城から帰ってきた浦島太郎のようでした。



サロカリで出会った美容師さんやJunさんはとても輝いていて、魅力的な方々でした。

それはその当時の自分の状況とは全く違ったもののように感じ、余韻に浸るには十分なほどでした。


そして、サロカリとの出会いをキッカケに多くの美容師さんを知り、出会い、自分の今いる世界がとても小さく感じていくのを日々感じる様になって行きました。



そして、その数ヶ月僕はその広い世界に飛び込んでみたくなり、当時の会社をやめました。



「どうせやるなら、トレンドの発信地であるまだ見ぬ東京に出てみたい!憧れのJunさんと同じ空気感の中で美容師をしてみたい!」
という単純な動機でした。


ちょうど半年で老舗と呼ばれる会社を退社してからのそれからは、上京するためのお金を貯めるべく、美容師から一度離れて現場仕事の日々が始まりました。




生まれて初めての現場仕事は慣れなかったですが、人に恵まれそれなりに楽しかったです。

ですが、持病の腰痛が原因でそれもすぐにやめてしまいました。


そんな夢に向かって歩みだした途端の挫折と、美容から離れている間の焦りなどから、気持ちの整理がつかず、時々バイトをしたりしなかったりと一時期ニートの様な日々を送っていました。



そんな中でも、サロカリの繋がりは大切にしており、Junさんや夏に出会った数人の美容師さんに、その当時の率直な悩みなどを相談していました。



そうして過ごしているうちに新年を迎えたころ、僕が高校生くらいから担当してもらっている美容師さんの計らいで、土日のみ美容室でアルバイトをさせてもらえるなりました。



久しぶりに触れる美容というものに感激しながら、ようやく気持ちが前に向いてきたころでした。



Junさんから、

『まっちゃんの人生を俺に預けてくれ!』

というメッセージが突如届き、このブログのタイトルでもある『ニート美容師が150日でスタイリストデビューするまでの道のり。by salokari』というめちゃくちゃ長い名前の企画が始まることとなります。



そしてこのメッセージが、あの夏の出会いが、僕の人生をより大きく変えようと動き出した瞬間でした。


そして、Junさんのあの一言が僕にとって夢への招待状あり、ピーターパンが子供たちに言った

『ネバーランドへようこそ。』

という一言にも取れてしまったのです。




1年目を振り返ってみて。

それからのことは、以前の記事に書いてありますが、

その後アルバイトをやめて5ヶ月間かけて各地のサロカリパートナーサロン(貸出可能美容室)で修行ののち、念願の東京で美容師をできることとなった。

2年目に続く....。

といった感じでしょうか。




今年でブランクはあるものの、美容師歴で言えば三年目と、そんなに前のことではないのですが改めて振り返ってみると、

「本当に盛りだくさんだったなぁ。笑」

と感心してしまいました。

美容師一年目はそれこそ人生が変わるほど大きな経験を幾度とさせていただきました。


それもこれも家族を始めとする、色々な方々の助け合ってのものだなお思います。


感謝しきれないほど感謝しています。




とこんな感じで今回は一年目の事を振り返ってみました。

今回振り返りを機に、いつまでもこの初心を忘れず謙虚にに頑張っていこうと思います。



長くなりましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。





p.s
山梨の某テーマパークにある少し変わった名前の日本一刺激的なジェットコースターが有名ですが、僕の美容師1年目をジェットコースターにするならそれに負けないぐらい刺激的なものになるのではないでしょうか?


名前をつけるとしたらもちろん『沙露華凛』一択でしょう。




.....閉店ガラガラ。



ありがとうございました!!笑

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