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【申請はいつも突然に】facebookの友達申請問題について物申したい。

【申請はいつも突然に】facebookの友達申請問題について物申したい。



こんにちは。

今回は私自身が普段から常々感じていた問題について、少し書かせていただくとしよう。





私は日々当ブログ記事を書いては、facebookにTwitter、LINE@で一斉送信、時には個人LINEのタイムラインにリンクを貼って、シェアと投稿を繰り返している。



ブロガー界隈でよく使われる言葉を借りるなら、いわゆるガッツリSNSタイプなのだ。




そして特にfacebookには、日頃からよくお世話になっている。


facebookに関して言えば、個人アカウントとfacebookページの両刀。

同じfacebook上にも関わらず、その都度いちいち2つのアカウントで記事をシェアと投稿をしているのだ。





正直、面倒くさい事この上ない。




「なぜ自分はアカウントを2つも作ってしまったのだ!」と自分を責める日も決して少なくはない。




そんな、『面倒くさい』という思いからの自身との葛藤と毎度のごとく戦いながら、シェアと投稿をひたすら繰り返している。



いや、繰り返しまくっているのだ。





だが、そんな事を思いながらもfacebookに日頃からお世話になっている事には変わりはない。



これからは『顔本大先生』と呼ぶ事にしよう。



そしてここまで約600文字と大変前振りが長くなってしまったのだが、そろそろ今回の本題について書いていく事にしよう。



facebookの友達申請問題について。

『facebookの友達申請問題。』


このワードをどこかで耳にした事はないだろうか?

初めて耳にした人がいたとしたならば、きっと「なんだそれは?」と言うかも知れない。



だがよ〜く自分の胸に手を思い当たる節を探して欲しい。

本当に一度も耳にした事は無いだろうか?


もう一度言う、よぉぉぉ〜〜〜くだ。





何?本当に思い当たる節がない?

そんな貴殿には仕方ない。。。


この私がそれはもう懇切丁寧にお教えしよう。。。










facebookの友達申請って事前メッセージなくない???




具体的にどういうことかと言うと、Facebook上で友達申請、要するに「私と友達になって下さい♪テヘペロ♪」という申請を送る際に、以前に面識のある人からならまだしも、全く面識のない赤の他人から申請された際に、ほとんどと言っていいほど事前のDMがないのだ。



私はもはや一般的になりつつあるこの愚行ともとれる風潮に、違和感を感じてならない。感じすぎて夜も眠れないのである。

考え過ぎかも知れないが「よろしく!」ぐらいのメッセージはあっていいのではと思うし、むしろ礼儀ではないだろうか?


そんな細かいこと気にするなという声が今にも聞こえてきそうだが、よぉ〜く考えて欲しい。


例えるなら、初対面の全く話したこともない人から『あなたとお友達になりたいんですけど!!!!』と互いの顔と顔10センチと明らかに距離感をとれていない距離で大声で叫ばれたのならどう思うだろうか?

その人自身とこんにちはするよりも早く、その人の喉ちんことこんにちはしそうだ。


私がもし実際のリアルではじめましても早々にそんな勢いでこられたのなら、例えその相手が石原さとみだったとしても、迷わずはっ倒すだろう。むしろ石原さとみなら、尚のことはっ倒すだろう。いや、はっ倒されたい。



これらは私が超のつくド級の有名人だとしたならば、そういった細かなことに有名人特有の優越感と言う名の広い心で許すだろうが、あいにく私は素人中の素人。いわば一般ピープル。パンピーなのだ。

誠に残念ながらそういった広い心は持ち合わせていない。



そして、冒頭でも書いたようにぶっちゃけこの問題については以前から感じていたもので、決して昨日今日感じたものではない。


さらに言うのであれば、それほど多くはないにしてもこの風潮を問題視しているのは私だけではないように感じている。

にも関わらずこの風潮は一向にとどまる気配をみせない。



なので今回は、私から改善案を提示したいと思うので、是非聞いていただきたい。


具体的な改善案。

まず初めに、何故そういう風潮が一般化されてしまったのかと考えた時に、SNSの爆発的な普及が原因ではないかということが挙げられる。

強いて言うなら、世の中便利になり過ぎたのだ。

なので1番手っ取り早くこの問題を解決しようとするなら、一度みんな揃って「ネットの普及するよりも遥か以前の時代にタイムスリップする」という案が挙げられる。

そうすればネットやSNSを始めとする手軽なコミュニケーションツールが無くなると引き換えに、ネット上ではなく、よりダイレクトでリアルなコミュニティを築く事の出来る時代が来るのだ。

当然、毎日幾多にも及ぶ友達申請にストレスを感じる事もなく、日々けまりを蹴りまくるだけ「いとをかし」と情緒を感じれるような教科書でしか目にした事のない時代を直接肌で感じるのも夢ではない。



だかそうなってくると、今度はそもそもまず『タイムマシンを開発しなくては』という問題が発生してくる。


だがあいにく、私の知人でタイムマシンを所持する人は愚か、発明した人すらも知らない。

これは一大事だ。

誰もが夢見た時代の到来を目の前に、あと一歩というところで問題が生じてしまった。どうしよう。













問題ない。


"知人がタイムマシンを持っていないのなら、自分で作ってしまいえばいいのだ☆"



実に簡単な話だ。

無いなら作る、太古より人間が進化の過程で通ってきた道なのだ。



さらに、昔のどっかの誰かの言葉でのこんなものを聞いた事がある。

『人間はどうしようもない壁にぶち当たった時に、その真価を発揮する。』


そう、まさに今の私の状況に相応しい言葉だ。

やってやろうではないか。




だかあいにく私にはタイムマシンを開発するほどの頭がない。



しかしながら、昔のどっかの誰かはさらにこんな言葉も残していた。

『出来ない事は、代わりに出来る人にやって貰えばいい。』


そう、この言葉もまさに今の自分の状況に相応しいではないか。昔のどっかの誰かグッジョブ。

開発は代わりに誰かにやって貰えばいい。



だが、流石に全くのタダで代わりにやってくれるほど、世の中みんなお人好しではない事は私も重々承知しているつもりだ。



私に財力があり、賃金を払い雇うカタチで代わりにやって貰うなら話は別だが。

なので、つまるところお金が必要なのだ。

しかしながら私にはそんな財力すらもない。

ならどうしよう。

ここでまたもや、問題発生だ。



大丈夫。私にはもう次の解決策が思い当たる。



ここで先程のどっかの誰かの言葉を思い出して欲しい。

『出来ない事は、代わりに出来る人にやって貰えばいい。』

そう。出来ないなら、代わりに出来る人にやって貰えばいいだけなのだ。

お金を稼げる人にやって貰えばいいのだ。

そしてその人にお金を恵んで貰えばいい。=お金のある人から、貰ってしまえばいいのだ!


とうとう私はこの黄金式にたどり着いてしまった。



私がお金を貰うことによって財力を得る。その財力で開発者を雇い、タイムマシンを開発し、ネットが普及するよりも以前の時代にタイムスリップする。

これ程シンプルで分かりやすく、みんなが幸せになれるであろう考えは聞いた事がない。



この考えを考案した私こそが、真の開発者だと言えるのではないだろうか?

私は、タイムマシンを開発に至るまでの考察を開発した。


人類始まって以来の偉業だ。


私は今、この考えに至ったことで、至高の気分を味わっている。

もう、なんでも出来てしまえそうな勢いだ。








そういうわけで皆さんお金を下さい。





※これら全てはフィクションです。

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