ニート美容師が150日でスタイリストデビューするまでの道のり

【全て捉え方次第】父親いないけど沢山の人に恵まれて幸せ。ポジティブ思考のススメ。

突然ですが僕には父親はいません。

勿論いたことはありました。笑




でも父親みたいに思っている人は沢山います。


この日でこの企画が始まって、1ヶ月が経ちました。

改めて自己紹介ではありませんが、僕の生い立ちやこれまでのことを書いてみたいと思います。


前回は大阪府天満のKi:lalaにて、オーナーの藤川さんのご指導の下初めてのブログからのモデルさんのカットカラーをさせて頂きました。



この企画が始まって28日目。



この日は兵庫県清荒神のLIBREにて、14時からオーナーの荒木さんにメンズの刈り上げスタイルを教えて頂きました。



準備して荒木さんのお店に向かいます。


14時前にLIBREに到着し、いつもの様に荒木さんをシャンプーさせて頂きブローのチェック。


結構癖毛なので、その髪を綺麗に真っ直ぐブローする練習です。


前回は凄い頭にしてしまったので、その失敗を踏まえて慎重かつ素早くを意識します。


写真撮るのを忘れてしまいましたが、仕上がりはまだ少しだけマシになったもののタイムがやはりかかってしまいました。


いつも僕のネックはタイム


これは学生時代から言われ続けてきました。

別にゆっくりしているつもりはありませんが、気づけば手が遅くなりがち。

ここは学生の内にもっと手を早く動かす癖をつけてればなと最近思います。


その後もカットのテストなどさせて頂きましたが、やはりタイムオーバー。

全てにおいてタイムがつきまといます。



ですがそれは美容のどの技術にも言える事で、限られた時間の中で最大限のパフォーマンスをする。

それがプロですし、何より"お客様の時間を頂いている"のでその時間を、無駄に奪ってはいけないなと最近感じます。

それは僕が以前に犯した遅刻という大罪から学んだ事です。



だからタイムって超重要だなと最近凄く思います。

言ってるだけじゃダメなので、実行します。


いきなりは変われませんが、少しずつ意識して変えていきます。




レッスン終わりにLIBREのスタッフさんにご飯を連れていって頂きました。

こうやって各サロンのスタッフさんにも仲良くしても頂き、サロンオーナーさんから繋がる出会い。

本当にありがたいです。


(串カツ屋さんのカレーめっちゃ美味しかった!)


この企画の事もそうですが、僕は本当に"いい人"たちに出会ってきました。

自分でも不思議になるほど人に恵まれているなと感じます。


何故ここまで人に恵まれているのか考えた時に思い当たることは、


親に恵まれなかった

から。

これはよく僕の母が言っていることです。


まぁ僕は全然そんな風には思っていませんが!笑

むしろ親にこそ恵まれていると。




僕の育った家庭というのはいわゆる母子家庭でした。


僕が3歳の時、3つ下の弟が生まれたと同時に母が病気になりました。

膠原病という難病で、その時はずっと入退院を繰り返していました。


母はその時20歳で父が22歳。


若くして結婚し、お互い未熟な中にそんな試練が訪ました。

結局寂しさからか、父の浮気を原因に離婚しました。



今でも鮮明に覚えているのは、僕の横で母が泣きながら怒っていて、僕と母の前には父と浮気相手の女の人が並んで座って母と別れ話している。


当時はなんの事かあまり分かっていなかったですが、寂しかったこと、悲しかったことは覚えています。




ありきたりな表現ですが、心にぽっかりと〜〜〜。

みたいな感じですかね?笑



そこから小学2年生位まで母と僕と弟の3人で暮らしました。



ですが、僕が小学3年生になった辺りで僕の母の病状が悪化し、また入退院の繰り返しの日々が訪れました。


この時は凄く寂しかったのを覚えています。

祖母に預かって貰っていた僕はよく母に電話で
「次いつ帰ってくるん?」

と聞いていました。




そんな中やっとの思いで退院出来た母は、病院で知り合った男性とお付き合いし、結婚しました。

なんと相手の男性22歳上!!

母のセンスを疑いました!笑



最初は結婚に反対していた僕も10歳下の妹が母のお腹に授かったことを知り、承諾しました。


その翌年に2人目の弟も産まれ、小学4年生から6年生位までの2年間は楽しく過ごし、幸せでした。

ところが6年生になった頃から、義父が僕たち3人の仲に入れないことを嫉妬し鬱になり、仕事もいかず酒に溺れ精神的におかしくなってしまいました。


夜な夜な義父が包丁を持って、
「死んでやる!」

と喚き暴れ、母がそれを止めているという正にドラマの様な光景が繰り広げられていました。

ほんと、出来過ぎていて笑っちゃいますね。笑


今でこそ笑い話ですか、その時の母は生活苦による借金、子育てと義父の世話などで疲れて病んでおり、見ていて辛かったです。



そんな中約1年を過ごし、中学に上がった頃に実の父が事故で死にました。

悪い事って続くもんなんですねぇ〜。



中学1年生の夏休み明けに母が限界に達し、夜逃げも同然に祖母の家に引き戻されました。


祖母の家の近くの中学校で約半年過ごし、中学2年生か今住んでいる地元の中学校に通い、現在にまで至る。


因みに義父は、その後何度か精神病院を入退院したという噂を聞いたきり消息不明。





とまぁ、こんな感じで人とはちょっとだけ違う家庭で育ちました。


ほんのちょっとだけ。




その時々は凄く辛くてしんどかったりしましたが、今はいい経験が出来たなと思っています。




色々あったからこそ、家族の絆も深まった。

沢山の大切な友達、出会いが出来た。

弟や妹、かけがえのない兄弟を与えて貰った。

どんな時も僕らを捨てずに守ってくれた母の苦労を1番近くで見ていて、親の有り難みを感じる事が出来た。




これだけでも沢山の大切なものを得る事が出来たのに、それが回り回って親に恵まれなかった分人に恵まれてるなんて、これ以上の事なんてないと思います。




そもそも僕は、こんなに自慢出来る親(母)なんてこの世にいないと思っています。


当たり前かもしれませんが、
「世界で一番尊敬している人は?」

と聞かれたなら僕は

「母です。」

と速攻答えます。


とんだマザコン野郎です。笑







また、本当にありがたい限りですが、例え実の父親に恵まれていなかったとしても、僕の事を真剣に思い、叱ってくれる父と呼べる様な人は沢山いらっしゃいます。




全て捉え方次第。

なのかな?と生意気ながら、最近思います。

僕の唯一の取り柄と呼べるものはポジティブ思考ということ。



ですが僕の事をよく知る人は恐らくお分りでしょうが、根は極度の心配性めっちゃネガティヴ根暗です。



幾らかのネガティヴな経験させて頂いて、底上げ?底下げ?どちらで言っていいのか分りませんが、単に自分のネガティヴの許容範囲が広くなって(バカになって)打たれ強く、しぶとくになりました。




だから大体の事はポジティブに考えれる様になってきました。

まだまだその時はめっちゃ凹みますが。




(いつかのブログにあげたもの。)

これも捉え方。

この捉え方1つで色々と変わってくるんじゃないかと思います。




極端に言えば、自分がその人の事を嫌いなら、少なくともその人も自分のことは好きではない。

ということではないでしょうか?

そういうのは自然と伝わってしまうと思います。


そうなった場合のそこからの関係性は、それ以上になる事はないと思います。




ですが逆に、自分がまずその人を好きになってみる、すると相手も好きになってくれる

ではないでしょうか?

好きまでにはならないにしても、悪くは思われないと思います。

だって自然に伝わってしまうから。




そういった事が重なり、相手にも好きになって頂き、そこからどんどんその輪を広げていく。

結果、自分の事が好きな人=自分の事を思ってくれる人になり、気づいた時には人に恵まれているという事ではないかなと思います。




僕は基本的に嫌いな人はいないですし、というか基本的に人が好きです。

だからこそ結果的に恵まれているのかなと思いました。

ツイてると言えばそれだけですが。



そこも捉え方次第だと思います。



人間関係の上でこそポジティブに捉え、相手のいいところを探してその人を先ず好きになる。



僕はずっとこういう風にしてきました。

結果的に凄く有難いことに、現状本当に素敵な方々に囲まれています。




相手の悪いところを見つけるのは簡単ですが、良いところを見つけて先ず相手を好きになって見る。

という事をしてみてはいかがでしょうか?


きっと気づいた時には、自分の周りには素敵な方々溢れていると思います!



この日お世話になったLIBREの詳細

LIBRE
兵庫県宝塚市清荒神3丁目8-5
HP http://instagram.com/hairsalon_libre_official
owner 荒木 義惣さん
owner's Instagram
http://instagram.com/arakiy.yosh1

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